神武(じんむ)天皇は、記紀(『古事記』『日本書紀』)において初代天皇とされる人物です。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)の血を引く神の末裔であり、現在の「建国記念の日(2月11日)」は、神武天皇が即位したとされる日が由来となっています。
神武天皇の物語で最も有名なのが、九州の日向(ひむか)から大和(奈良県)を目指した「神武東征」です。
激しい戦いの末、大和を平定した神武天皇は、紀元前660年1月1日(現在の暦で2月11日)に橿原宮(かしはらのみや)で即位しました。
「八紘一宇(はっこういちう)」 この即位の際に出されたとされる詔(みことのり)にある「六合(くに)を兼ねて以て都を開き、八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)とせむ」という言葉が、世界を一つの家のように仲良くしようという意味で後にこう呼ばれました。
歴史学や考古学の観点からは、神武天皇は「伝説上の人物」であるという見方が一般的です。
歴代天皇の陵墓(天皇陵)は、初期の巨大な古墳から、中世の火葬による小規模なもの、そして近代の陵墓まで多岐にわたります。※古墳時代の名称は、宮内庁による「治定陵(じていりょう)」と、考古学的に有力な「名称」が異なる場合があります。
| 代 | 天皇名(陵名) | 名称・古墳名 | 時代・形式 | 場所(地名) | 特徴・埋葬者 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 神武天皇 | 畝傍山東北陵 | 円丘(神武陵) | 奈良県橿原市 | 初代天皇。幕末に修復・治定。 |
| 2 | 綏靖天皇 | 桃花鳥田丘上陵 | 円丘 | 奈良県橿原市 | 塚山古墳とも呼ばれる。 |
| 3 | 安寧天皇 | 畝傍山南上陵 | 山形(山を陵とする) | 奈良県橿原市 | 畝傍山の南に位置。 |
| 4 | 懿徳天皇 | 畝傍山南繊沙渓上陵 | 山形 | 奈良県橿原市 | 満灯山古墳。 |
| 5 | 孝昭天皇 | 掖上博多山陵 | 山形 | 奈良県御所市 | 御所市三室の丘陵。 |
| 6 | 孝安天皇 | 玉手丘上陵 | 円丘 | 奈良県御所市 | 玉手山。 |
| 7 | 孝霊天皇 | 片丘馬坂陵 | 山形 | 奈良県王寺町 | 北葛城郡の丘陵。 |
| 8 | 孝元天皇 | 劔池嶋上陵 | 円丘 | 奈良県橿原市 | 石川町の中山塚古墳。 |
| 9 | 開化天皇 | 春日率川坂上陵 | 前方後円墳 | 奈良県奈良市 | 念仏寺山古墳。奈良市街地。 |
| 10 | 崇神天皇 | 山邊道之上陵 | 行燈山古墳 | 奈良県天理市 | 4世紀初。実在可能性の高い初期大王。 |
| 11 | 垂仁天皇 | 菅原伏見東陵 | 宝来山古墳 | 奈良県奈良市 | 5世紀初。周濠に「田道間守」の島がある。 |
| 12 | 景行天皇 | 山邊道上陵 | 渋谷向山古墳 | 奈良県天理市 | 4世紀末。大和古墳群最大。ヤマトタケルの父。 |
| 13 | 成務天皇 | 狹城盾列池後陵 | 佐紀石塚山古墳 | 奈良県奈良市 | 5世紀前半。佐紀盾列古墳群。 |
| 14 | 仲哀天皇 | 惠我長野西陵 | 岡ミサンザイ古墳 | 大阪府藤井寺市 | 古市古墳群。5世紀末築造。 |
| 15 | 応神天皇 | 惠我藻伏崗陵 | 誉田御廟山古墳 | 大阪府羽曳野市 | 国内2位。体積1位。5世紀初。河内王朝。 |
| 16 | 仁徳天皇 | 百舌鳥耳原中陵 | 大仙陵古墳 | 大阪府堺市 | 世界最大級の墳墓。5世紀前半。 |
| 17 | 履中天皇 | 百舌鳥耳原南陵 | 上石津ミサンザイ | 大阪府堺市 | 国内3位。5世紀前半。 |
| 18 | 反正天皇 | 百舌鳥耳原北陵 | 田出井山古墳 | 大阪府堺市 | 規模は小さいが三陵の一つ。 |
| 19 | 允恭天皇 | 惠我長野北陵 | 市野山古墳 | 大阪府藤井寺市 | 5世紀後半。盾列状の周濠。 |
| 20 | 安康天皇 | 菅原伏見西陵 | 宝来山周辺 | 奈良県奈良市 | 住宅街の中の小古墳。 |
| 21 | 雄略天皇 | 丹比高鷲原陵 | 島泉丸山古墳 | 大阪府羽曳野市 | 5世紀末。「ワカタケル大王」とされる。 |
| 22 | 清寧天皇 | 河内坂門原陵 | 白髪山古墳 | 大阪府羽曳野市 | 前方後円墳。 |
| 23 | 顕宗天皇 | 傍丘磐坏丘南陵 | 前方後円墳 | 奈良県香芝市 | 丘陵を利用した築造。 |
| 24 | 仁賢天皇 | 埴生坂本陵 | ボケ山古墳 | 大阪府藤井寺市 | 前方後円墳。 |
| 25 | 武烈天皇 | 傍丘磐坏丘北陵 | 築山古墳 | 奈良県大和高田市 | 磐園陵とも呼ばれる。 |
| 26 | 継体天皇 | 三嶋藍野陵 | 太田茶臼山古墳 | 大阪府茨木市 | 考古学上の真陵は「今城塚古墳」。 |
| 27 | 安閑天皇 | 古市高屋丘陵 | 高屋築山古墳 | 大阪府羽曳野市 | 標高の高い位置に築造。 |
| 28 | 宣化天皇 | 身狹桃花鳥坂上陵 | 鳥屋ミサンザイ | 奈良県橿原市 | 前方後円墳。 |
| 29 | 欽明天皇 | 檜隈坂合陵 | 梅山古墳 | 奈良県明日香村 | 考古学上は「見瀬丸山古墳」が有力。 |
| 30 | 敏達天皇 | 河内磯長中尾陵 | 太子西山古墳 | 大阪府太子町 | 前方後円墳。磯長谷。 |
| 31 | 用明天皇 | 河内磯長原陵 | 春日向山古墳 | 大阪府太子町 | 方墳。磯長谷古墳群。 |
| 32 | 崇峻天皇 | 倉梯岡陵 | 円丘 | 奈良県桜井市 | 蘇我馬子に暗殺された天皇。 |
| 33 | 推古天皇 | 河内磯長山田陵 | 山田高塚古墳 | 大阪府太子町 | 方墳(合葬墓)。竹田皇子と共に埋葬。 |
| 34 | 舒明天皇 | 押坂内陵 | 段ノ塚古墳 | 奈良県桜井市 | 7世紀中。初の八角墳。 |
| 35 | 皇極天皇 | 越智崗上陵 | 車木ケンノウ古墳 | 奈良県高取町 | 斉明天皇と同じ(重祚)。 |
| 36 | 孝徳天皇 | 大阪磯長陵 | 山田上ノ山古墳 | 大阪府太子町 | 円墳。大化の改新。 |
| 37 | 斉明天皇 | 越智崗上陵 | 牽牛子塚古墳 | 奈良県明日香村 | 7世紀後半。八角墳(合葬)。 |
| 38 | 天智天皇 | 山科陵 | 御廟野古墳 | 京都府京都市 | 上円下方墳(実質八角墳)。大津宮から京都へ。 |
| 39 | 弘文天皇 | 長等山前陵 | 円丘 | 滋賀県大津市 | 壬申の乱で自害(明治に治定)。 |
| 40 | 天武天皇 | 檜隈大内陵 | 野口王墓 | 奈良県明日香村 | 持統天皇との合葬。八角墳。 |
| 41 | 持統天皇 | 檜隈大内陵 | 野口王墓 | 奈良県明日香村 | 天皇初の火葬。天武天皇と合葬。 |
| 42 | 文武天皇 | 檜隈安古岡上陵 | 栗原塚穴古墳 | 奈良県明日香村 | 真陵は「中尾山古墳(八角墳)」が有力。 |
| 43 | 元明天皇 | 奈保山東陵 | 山形(火葬墓) | 奈良県奈良市 | 平城京遷都。火葬を遺言。 |
| 44 | 元正天皇 | 奈保山西陵 | 山形(火葬墓) | 奈良県奈良市 | 氷室神社の北。 |
| 45 | 聖武天皇 | 佐保山南陵 | 山形 | 奈良県奈良市 | 東大寺大仏を建立。 |
| 46 | 孝謙天皇 | 佐紀高塚陵 | 佐紀高塚古墳 | 奈良県奈良市 | 称徳天皇と同じ。前方後円墳の最後期。 |
| 47 | 淳仁天皇 | 淡路陵 | 円丘 | 兵庫県南あわじ市 | 廃帝として淡路に配流。 |
| 48 | 称徳天皇 | 佐紀高塚陵 | 同上 | 奈良県奈良市 | 道鏡を重用。 |
| 49 | 光仁天皇 | 田原陵 | 田原の陵墓 | 奈良県奈良市 | 70歳過ぎて即位。 |
| 50 | 桓武天皇 | 柏原陵 | 伏見の地 | 京都府京都市 | 平安京遷都。現在の陵は明治に整備。 |
| 51 | 平城天皇 | 楊梅陵 | 市庭古墳 | 奈良県奈良市 | 平城上皇の変(薬子の変)。 |
| 52 | 嵯峨天皇 | 嵯峨山上陵 | 円丘 | 京都府京都市 | 嵐山、山上にある。 |
| 53 | 淳和天皇 | 大原野西嶺上陵 | 円丘 | 京都府京都市 | 遺言により散骨(最初の散骨例)。 |
(※これ以降の天皇は、火葬墓、塔、あるいは京都の「深草北陵」や「月輪陵」などにまとめて埋葬される形式が主となります。江戸時代までこの形式が続きます。)
歴代天皇の実在性については、歴史学や考古学の視点からいくつかの段階に分けて考えられています。
一般的に、「実在がほぼ確実」とされるのは26代継体天皇以降であり、それ以前は神話的な側面が強くなります。
初代から9代までは、事績の記録が乏しく「欠史八代(けっしはちだい)」と呼ばれ、現代の歴史学では架空の人物であるという説が有力です。
| 代数 | 天皇名 | 特徴・実在性の議論 |
|---|---|---|
| 1代 | 神武天皇 | 日本神話上の人物。紀元前660年即位とされるが、史実としては否定される。 |
| 2〜9代 | 綏靖〜開化 | 欠史八代。家系図的な記録はあるが、具体的なエピソードがほぼ皆無。 |
| 11〜14代 | 垂仁〜仲哀 | 英雄伝説としての色彩が強く、実在したとしても特定の人物というより「勢力の象徴」とされることが多い。 |
10代崇神天皇や15代応神天皇あたりから、考古学的な発見(古墳の規模や鉄剣の銘文など)との整合性が見られ始めます。
| 代数 | 天皇名 | 実在性の根拠・議論 |
|---|---|---|
| 10代 | 崇神天皇 | 「ハツクニシラス(初めて国を治めた)」の称号を持ち、実質的な初代王権の始祖とする説がある。 |
| 15代 | 応神天皇 | 巨大な「誉田御廟山古墳(応神天皇陵)」が存在。ここから実在の蓋然性が高まるとする学者が多い。 |
| 16代 | 仁徳天皇 | 世界最大級の古墳(大仙陵古墳)と結び付けられている。 |
| 21代 | 雄略天皇 | 稲荷山古墳の鉄剣に刻まれた「獲加多支鹵(ワカタケル)大王」が雄略天皇を指すとされ、考古学的に裏付けられた最古の天皇の一人。 |
26代継体天皇以降は、系譜が現在の皇室まで明確に繋がっていると考えられています。
| 代数 | 天皇名 | 理由 |
|---|---|---|
| 26代 | 継体天皇 | 前代までの血縁が薄いとされるが、越前(福井県)から迎えられた経緯が詳細に記されており、実在は確実視される。 |
| 29代 | 欽明天皇 | 外交記録や仏教伝来の年次など、当時の大陸の記録とも一致し始め、歴史学的な「確証」が得られる。 |
| 33代以降 | 推古天皇〜 | 聖徳太子などの記録も増え、現代に続く歴史上の人物として完全に扱われる。 |