『枕草子(まくらのそうし)』は、平安時代中期(1000年頃)に清少納言によって書かれた、日本最古の随筆(エッセイ)です。
鴨長明の『方丈記』、兼好法師の『徒然草』と並び、日本三大随筆の一つに数えられます。
およそ300の章段からなり、内容は大きく3つのスタイルに分けられます。
| 分類 | 内容 | 代表的な例 |
|---|---|---|
| 類聚(るいじゅう)的章段 | 同じ種類のものをリストアップする「ものづくし」。 | 「山は」「虫は」「うつくしきもの(かわいいもの)」 |
| 随想的章段 | 日常の出来事や自然、人間関係への鋭い感想。 | 「春はあけぼの」などの自然描写。 |
| 日記的章段 | 宮中で仕えていた頃の思い出やエピソード。 | 「香炉峰(こうろほう)の雪」などの定子とのやり取り。 |
よく紫式部の『源氏物語』が、しみじみとした情緒を重んじる「もののあはれ」の文学とされるのに対し、『枕草子』は「をかし」の文学と呼ばれます。
冒頭の「第一段」は、季節ごとの「一番良い時間帯」を綴った名文です。
清少納言が最も輝いていた時期の舞台です。
清少納言は「ものづくし」の章段で、奈良の寺社や地名を多く挙げています。
清少納言の晩年は謎に包まれていますが、四国には彼女が都を離れて移り住んだという伝説が強く残っています。
| エリア | スポット名 | 関連性 |
|---|---|---|
| 京都 | 京都御所 | 執筆・宮仕えの舞台 |
| 京都 | 泉涌寺・車折神社 | 隠棲説・信仰の対象 |
| 奈良 | 長谷寺・壺阪寺 | 作中で「をかし」と称賛 |
| 徳島 | 天塚堂(鳴門市) | 終焉の地(伝承) |
『枕草子』は物語(ストーリー)ではないため、厳密な意味での「あらすじ」はありません。しかし、全300段を通して流れる「物語の軸」のようなものは存在します。
一言でいうなら、「没落していく運命にある悲劇の中宮(后)に、文学の力で一生分の『輝き』を贈ろうとした物語」と捉えることができます。
物語は、作者・清少納言が一条天皇の中宮(后)である定子(ていし)に出仕するところから始まります。
宮廷生活の中で、清少納言が目にした美しいもの、面白いもの、あるいは鼻につくものが、鋭い観察眼で綴られます。
『枕草子』が書かれた裏側では、定子の父・藤原道隆が亡くなり、叔父の藤原道長が権力を握るという政治変変が起きていました。
物語(随筆)は、定子が24歳の若さで亡くなった後も、彼女がいかに気高く、美しく、楽しいサロンを築いていたかを記録し続ける形で完成します。
思いのままに願い事が叶う
湯はななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯
🙂 日本最古の多宝塔(1194年) 日本最古の多宝塔(1194年)
🙂 境内は、仁王門・三重塔→有料エリア→清水... 境内は、仁王門・三重塔→有料エリア→清水の舞台→地主神社(縁結び)→音羽の滝(学業、恋愛、長寿) という順路でだいたい進みます。清水の舞台を抜けてから舞台を横から見るのが絶景ポイントです。
🙂 伏見稲荷の楼門は豊臣秀吉が母の延命を願い... 伏見稲荷の楼門は豊臣秀吉が母の延命を願い建てたもので、「母の命を3年、駄目なら2年、それでも駄目なら30日」と願ったと云われています。
近うて遠きもの
🙂 境内に色々なお寺があるのかな?どこからど... 境内に色々なお寺があるのかな?どこからどこまでが境内なのかなどよくわからず・・・。入口?らしきところからだいぶ歩きます。
🙂 本堂の建物のよこっちょなどにも仏像があり... 本堂の建物のよこっちょなどにも仏像があります。
🙂 ちょっとベンチで一休みしたくなる池です。 ちょっとベンチで一休みしたくなる池です。
みささぎは うぐひすのみささぎ