中世の日本において、幕府が禅宗(特に臨済宗)の寺院をランク付けし、国家の統制下に置いた非常にユニークな管理システムです。
単なる宗教的な格付けではなく、政治、外交、文学(五山文学)の中心地として機能したのが特徴です。
五山制度は、中国(南宋)の制度にならって整備されました。時代によって多少の変動はありますが、足利義満の時代に完成した以下の形が最も有名です。
すべての禅寺の上に立つ最高位の寺院です。
ポイント: この下にさらに「十刹(じっさつ)」「諸山(しょざん)」という階層が続き、ピラミッド型の組織が形成されていました。
主な理由は3つあります。
室町時代が衰退し戦国時代に入ると、幕府の保護が薄れた五山派は次第に形骸化していきます。一方で、この「お役所仕事的」な五山制度を嫌い、権力から距離を置いた寺院(大徳寺や妙心寺など)が「林下(りんか)」と呼ばれ、独自の発展を遂げていきました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 役割 | 禅宗寺院の格付け・統制 |
| 頂点 | 南禅寺 |
| 主導者 | 鎌倉幕府(北条氏)→ 室町幕府(足利氏) |
| 影響 | 水墨画、茶の湯、精進料理などの日本文化の源流 |
五位
一位
四位
二位
三位