辰野金吾(たつの きんご、1854年 - 1919年)は、明治・大正時代を代表する建築家であり、「日本近代建築の父」と称される人物です。
東京駅や日本銀行本店など、今も日本の風景を形作る重厚なレンガ造りの建築を数多く手がけました。
辰野は肥前国(現在の佐賀県唐津市)の武士の家に生まれました。
彼の作風は「辰野式」と呼ばれ、日本の近代建築に絶大な影響を与えました。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 赤レンガと白い花崗岩 | 赤い壁に白い石を帯状に配置する、非常に華やかでリズム感のあるデザイン。 |
| ドームと塔 | 建物のコーナーにドームや尖塔(タワー)を配置し、記念碑的な威厳を持たせる。 |
| 堅牢な構造 | 地震大国である日本に合わせ、鉄骨補強など当時の最先端技術を導入した頑丈な造り。 |
辰野の作品は、その堅牢さから現在も重要文化財として現役で使われているものが多くあります。
ベルギーの国立銀行をモデルにした、日本初の本格的な石造建築。上から見ると「円」の字に見えることでも有名です。
東京駅 丸の内駅舎(1914年/東京都千代田区)
辰野の集大成とも言える作品。南北のドームと美しい赤レンガの外観は、日本の玄関口として親しまれています。
旧日本生命九州支店(現・福岡市赤煉瓦文化館)(1909年/福岡市)
辰野式の特徴である赤と白の対比が最も鮮やかに現れている傑作の一つです。
岩手銀行 赤レンガ館(1911年/岩手県盛岡市)
東北に残る数少ない辰野作品。市街地のランドマークとなっています。
奈良ホテル(1909年/奈良市)
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 1854年 | 肥前国唐津(佐賀県)に生まれる。 |
| 1873年 | 工部省工学寮(後の工部大学校)に入学。 |
| 1879年 | 同校を首席で卒業。イギリスへ留学。 |
| 1883年 | 帰国。工部大学校教授に就任。 |
| 1896年 | 日本銀行本店 完成。 |
| 1903年 | 建築設計事務所(辰野葛西事務所)を開設。 |
| 1914年 | 東京駅(中央停車場) 完成。 |
| 1919年 | 当時流行したスペイン風邪により、64歳で逝去。 |
楼門を設計