歴代天皇の陵墓(天皇陵)は、初期の巨大な古墳から、中世の火葬による小規模なもの、そして近代の陵墓まで多岐にわたります。※古墳時代の名称は、宮内庁による「治定陵(じていりょう)」と、考古学的に有力な「名称」が異なる場合があります。
| 代 | 天皇名(陵名) | 名称・古墳名 | 時代・形式 | 場所(地名) | 特徴・埋葬者 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 神武天皇 | 畝傍山東北陵 | 円丘(神武陵) | 奈良県橿原市 | 初代天皇。幕末に修復・治定。 |
| 2 | 綏靖天皇 | 桃花鳥田丘上陵 | 円丘 | 奈良県橿原市 | 塚山古墳とも呼ばれる。 |
| 3 | 安寧天皇 | 畝傍山南上陵 | 山形(山を陵とする) | 奈良県橿原市 | 畝傍山の南に位置。 |
| 4 | 懿徳天皇 | 畝傍山南繊沙渓上陵 | 山形 | 奈良県橿原市 | 満灯山古墳。 |
| 5 | 孝昭天皇 | 掖上博多山陵 | 山形 | 奈良県御所市 | 御所市三室の丘陵。 |
| 6 | 孝安天皇 | 玉手丘上陵 | 円丘 | 奈良県御所市 | 玉手山。 |
| 7 | 孝霊天皇 | 片丘馬坂陵 | 山形 | 奈良県王寺町 | 北葛城郡の丘陵。 |
| 8 | 孝元天皇 | 劔池嶋上陵 | 円丘 | 奈良県橿原市 | 石川町の中山塚古墳。 |
| 9 | 開化天皇 | 春日率川坂上陵 | 前方後円墳 | 奈良県奈良市 | 念仏寺山古墳。奈良市街地。 |
| 10 | 崇神天皇 | 山邊道之上陵 | 行燈山古墳 | 奈良県天理市 | 4世紀初。実在可能性の高い初期大王。 |
| 11 | 垂仁天皇 | 菅原伏見東陵 | 宝来山古墳 | 奈良県奈良市 | 5世紀初。周濠に「田道間守」の島がある。 |
| 12 | 景行天皇 | 山邊道上陵 | 渋谷向山古墳 | 奈良県天理市 | 4世紀末。大和古墳群最大。ヤマトタケルの父。 |
| 13 | 成務天皇 | 狹城盾列池後陵 | 佐紀石塚山古墳 | 奈良県奈良市 | 5世紀前半。佐紀盾列古墳群。 |
| 14 | 仲哀天皇 | 惠我長野西陵 | 岡ミサンザイ古墳 | 大阪府藤井寺市 | 古市古墳群。5世紀末築造。 |
| 15 | 応神天皇 | 惠我藻伏崗陵 | 誉田御廟山古墳 | 大阪府羽曳野市 | 国内2位。体積1位。5世紀初。河内王朝。 |
| 16 | 仁徳天皇 | 百舌鳥耳原中陵 | 大仙陵古墳 | 大阪府堺市 | 世界最大級の墳墓。5世紀前半。 |
| 17 | 履中天皇 | 百舌鳥耳原南陵 | 上石津ミサンザイ | 大阪府堺市 | 国内3位。5世紀前半。 |
| 18 | 反正天皇 | 百舌鳥耳原北陵 | 田出井山古墳 | 大阪府堺市 | 規模は小さいが三陵の一つ。 |
| 19 | 允恭天皇 | 惠我長野北陵 | 市野山古墳 | 大阪府藤井寺市 | 5世紀後半。盾列状の周濠。 |
| 20 | 安康天皇 | 菅原伏見西陵 | 宝来山周辺 | 奈良県奈良市 | 住宅街の中の小古墳。 |
| 21 | 雄略天皇 | 丹比高鷲原陵 | 島泉丸山古墳 | 大阪府羽曳野市 | 5世紀末。「ワカタケル大王」とされる。 |
| 22 | 清寧天皇 | 河内坂門原陵 | 白髪山古墳 | 大阪府羽曳野市 | 前方後円墳。 |
| 23 | 顕宗天皇 | 傍丘磐坏丘南陵 | 前方後円墳 | 奈良県香芝市 | 丘陵を利用した築造。 |
| 24 | 仁賢天皇 | 埴生坂本陵 | ボケ山古墳 | 大阪府藤井寺市 | 前方後円墳。 |
| 25 | 武烈天皇 | 傍丘磐坏丘北陵 | 築山古墳 | 奈良県大和高田市 | 磐園陵とも呼ばれる。 |
| 26 | 継体天皇 | 三嶋藍野陵 | 太田茶臼山古墳 | 大阪府茨木市 | 考古学上の真陵は「今城塚古墳」。 |
| 27 | 安閑天皇 | 古市高屋丘陵 | 高屋築山古墳 | 大阪府羽曳野市 | 標高の高い位置に築造。 |
| 28 | 宣化天皇 | 身狹桃花鳥坂上陵 | 鳥屋ミサンザイ | 奈良県橿原市 | 前方後円墳。 |
| 29 | 欽明天皇 | 檜隈坂合陵 | 梅山古墳 | 奈良県明日香村 | 考古学上は「見瀬丸山古墳」が有力。 |
| 30 | 敏達天皇 | 河内磯長中尾陵 | 太子西山古墳 | 大阪府太子町 | 前方後円墳。磯長谷。 |
| 31 | 用明天皇 | 河内磯長原陵 | 春日向山古墳 | 大阪府太子町 | 方墳。磯長谷古墳群。 |
| 32 | 崇峻天皇 | 倉梯岡陵 | 円丘 | 奈良県桜井市 | 蘇我馬子に暗殺された天皇。 |
| 33 | 推古天皇 | 河内磯長山田陵 | 山田高塚古墳 | 大阪府太子町 | 方墳(合葬墓)。竹田皇子と共に埋葬。 |
| 34 | 舒明天皇 | 押坂内陵 | 段ノ塚古墳 | 奈良県桜井市 | 7世紀中。初の八角墳。 |
| 35 | 皇極天皇 | 越智崗上陵 | 車木ケンノウ古墳 | 奈良県高取町 | 斉明天皇と同じ(重祚)。 |
| 36 | 孝徳天皇 | 大阪磯長陵 | 山田上ノ山古墳 | 大阪府太子町 | 円墳。大化の改新。 |
| 37 | 斉明天皇 | 越智崗上陵 | 牽牛子塚古墳 | 奈良県明日香村 | 7世紀後半。八角墳(合葬)。 |
| 38 | 天智天皇 | 山科陵 | 御廟野古墳 | 京都府京都市 | 上円下方墳(実質八角墳)。大津宮から京都へ。 |
| 39 | 弘文天皇 | 長等山前陵 | 円丘 | 滋賀県大津市 | 壬申の乱で自害(明治に治定)。 |
| 40 | 天武天皇 | 檜隈大内陵 | 野口王墓 | 奈良県明日香村 | 持統天皇との合葬。八角墳。 |
| 41 | 持統天皇 | 檜隈大内陵 | 野口王墓 | 奈良県明日香村 | 天皇初の火葬。天武天皇と合葬。 |
| 42 | 文武天皇 | 檜隈安古岡上陵 | 栗原塚穴古墳 | 奈良県明日香村 | 真陵は「中尾山古墳(八角墳)」が有力。 |
| 43 | 元明天皇 | 奈保山東陵 | 山形(火葬墓) | 奈良県奈良市 | 平城京遷都。火葬を遺言。 |
| 44 | 元正天皇 | 奈保山西陵 | 山形(火葬墓) | 奈良県奈良市 | 氷室神社の北。 |
| 45 | 聖武天皇 | 佐保山南陵 | 山形 | 奈良県奈良市 | 東大寺大仏を建立。 |
| 46 | 孝謙天皇 | 佐紀高塚陵 | 佐紀高塚古墳 | 奈良県奈良市 | 称徳天皇と同じ。前方後円墳の最後期。 |
| 47 | 淳仁天皇 | 淡路陵 | 円丘 | 兵庫県南あわじ市 | 廃帝として淡路に配流。 |
| 48 | 称徳天皇 | 佐紀高塚陵 | 同上 | 奈良県奈良市 | 道鏡を重用。 |
| 49 | 光仁天皇 | 田原陵 | 田原の陵墓 | 奈良県奈良市 | 70歳過ぎて即位。 |
| 50 | 桓武天皇 | 柏原陵 | 伏見の地 | 京都府京都市 | 平安京遷都。現在の陵は明治に整備。 |
| 51 | 平城天皇 | 楊梅陵 | 市庭古墳 | 奈良県奈良市 | 平城上皇の変(薬子の変)。 |
| 52 | 嵯峨天皇 | 嵯峨山上陵 | 円丘 | 京都府京都市 | 嵐山、山上にある。 |
| 53 | 淳和天皇 | 大原野西嶺上陵 | 円丘 | 京都府京都市 | 遺言により散骨(最初の散骨例)。 |
(※これ以降の天皇は、火葬墓、塔、あるいは京都の「深草北陵」や「月輪陵」などにまとめて埋葬される形式が主となります。江戸時代までこの形式が続きます。)
歴代天皇の実在性については、歴史学や考古学の視点からいくつかの段階に分けて考えられています。
一般的に、「実在がほぼ確実」とされるのは26代継体天皇以降であり、それ以前は神話的な側面が強くなります。
初代から9代までは、事績の記録が乏しく「欠史八代(けっしはちだい)」と呼ばれ、現代の歴史学では架空の人物であるという説が有力です。
| 代数 | 天皇名 | 特徴・実在性の議論 |
|---|---|---|
| 1代 | 神武天皇 | 日本神話上の人物。紀元前660年即位とされるが、史実としては否定される。 |
| 2〜9代 | 綏靖〜開化 | 欠史八代。家系図的な記録はあるが、具体的なエピソードがほぼ皆無。 |
| 11〜14代 | 垂仁〜仲哀 | 英雄伝説としての色彩が強く、実在したとしても特定の人物というより「勢力の象徴」とされることが多い。 |
10代崇神天皇や15代応神天皇あたりから、考古学的な発見(古墳の規模や鉄剣の銘文など)との整合性が見られ始めます。
| 代数 | 天皇名 | 実在性の根拠・議論 |
|---|---|---|
| 10代 | 崇神天皇 | 「ハツクニシラス(初めて国を治めた)」の称号を持ち、実質的な初代王権の始祖とする説がある。 |
| 15代 | 応神天皇 | 巨大な「誉田御廟山古墳(応神天皇陵)」が存在。ここから実在の蓋然性が高まるとする学者が多い。 |
| 16代 | 仁徳天皇 | 世界最大級の古墳(大仙陵古墳)と結び付けられている。 |
| 21代 | 雄略天皇 | 稲荷山古墳の鉄剣に刻まれた「獲加多支鹵(ワカタケル)大王」が雄略天皇を指すとされ、考古学的に裏付けられた最古の天皇の一人。 |
26代継体天皇以降は、系譜が現在の皇室まで明確に繋がっていると考えられています。
| 代数 | 天皇名 | 理由 |
|---|---|---|
| 26代 | 継体天皇 | 前代までの血縁が薄いとされるが、越前(福井県)から迎えられた経緯が詳細に記されており、実在は確実視される。 |
| 29代 | 欽明天皇 | 外交記録や仏教伝来の年次など、当時の大陸の記録とも一致し始め、歴史学的な「確証」が得られる。 |
| 33代以降 | 推古天皇〜 | 聖徳太子などの記録も増え、現代に続く歴史上の人物として完全に扱われる。 |
古墳は、3世紀半ばから7世紀にかけて築造された、古代の有力者の墓です。 時代が進むにつれて、形状や埋葬方法は大きく変化しました。
古墳は平面形によって、以下のように分類されます。
前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん) 円形と方形を組み合わせた、古墳時代を象徴する形。
円墳(えんぷん) 円形の古墳。最も数が多く、全時代を通じて築かれました。
方墳(ほうふん) 四角形の古墳。円墳に次いで多く、終末期には有力者の墓としても選ばれます。
前方後方墳(ぜんぽうこうほうふん) 二つの四角形を組み合わせた形。前期に多く、特に東日本で目立ちます。
八角形墳(はっかくけいふん) 終末期(7世紀)に現れた特権的な形。 天武・持統天皇陵など、天皇の墓に採用されました。
古墳時代は、前期・中期・後期・終末期の4期に区分されます。
| 時代 | 時期 | 主な特徴・古墳の形 | 埋葬施設・副葬品 |
|---|---|---|---|
| 前期 | 3世紀後半〜4世紀 | 前方後円墳が登場(箸墓古墳など)。山の斜面を利用した立地が多い。 | 竪穴式石室。鏡(三角縁神獣鏡)や玉など、宗教的・司祭的な副葬品。 |
| 中期 | 4世紀末〜5世紀 | 古墳が巨大化し、平野部に築造。大仙陵古墳(仁徳天皇陵)が代表。 | 竪穴式石室が継続。鉄製武器・武具など軍事的要素が増加。 |
| 後期 | 6世紀 | 古墳数は増加するが規模は小型化。群集墳が増える。 | 横穴式石室が普及し、追葬が可能に。 |
| 終末期 | 7世紀 | 前方後円墳が消滅。方墳・円墳・八角形墳が主流。 | 切石技術が発達。仏教の影響で、権威の象徴は寺院へ移行。 |
埋葬施設(石室)も、時代とともに変化します。
竪穴式石室 古墳の上部から縦に掘り下げ、棺を納めて密閉する方式。 一度埋葬すると、再び開けることはできません。
横穴式石室 側面に「羨道(せんどう)」と呼ばれる通路を設けた構造。 追葬が可能で、家族墓としての性格を持ちます。
古墳に納められた副葬品や、周囲に配置された埴輪(はにわ)は、 当時の死生観や王権を示す重要な手がかりです。
埴輪は、墳丘上に並べられた焼き物で、主に2系統に分かれます。
人・動物・建物・道具などをかたどった埴輪。
かつては「殉死の代替説」が唱えられましたが、 現在では以下の役割が重視されています。
副葬品の変遷は、支配者像の変化を反映しています。
石製模造品 本物の鏡や刀の代わりに作られたミニチュア。
クジラの骨・貝殻 海との関わりや地域性を示す遺物。
大阪府にある「百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群」は、2019年にユネスコ世界文化遺産に登録された、日本を代表する古代遺跡です。4世紀後半から5世紀後半にかけて築かれた王たちの墓で、日本独自の形である「前方後円墳」が巨大なスケールで密集しています。
これらの古墳が造られた4世紀後半から5世紀後半は、ヤマト王権の力が急激に強まった時期です。
古墳群が現在の堺市や羽曳野市に築かれたのには、当時の外交上の理由がありました。
古墳の歴史を辿ると、当時の死生観や社会の変化が見えてきます。
6世紀に入ると、あれほど巨大だった前方後円墳は次第に造られなくなり、小型の円墳や方墳へと変わっていきます。これは、仏教の伝来による「火葬」の普及や、古墳を造るエネルギーを寺院の建設や官僚機構の整備へと振り向けるようになった、日本社会の構造変化(律令国家への歩み)を物語っています。
豆知識: 仁徳天皇陵などの巨大古墳の多くは「宮内庁」が管理しており、現在も天皇家の祖先の墓として静寂が守られています。そのため、内部の発掘調査は厳しく制限されています。
日本最大級の古墳が集中しており、観光施設も充実しています。
見所: 全長486mを誇る日本最大の前方後円墳。クフ王のピラミッド、始皇帝陵と並ぶ「世界三大墳墓」の一つとされます。
堺市役所 21階展望ロビー
見所: 地上80mから、仁徳天皇陵の全景を無料で眺めることができます。
百舌鳥古墳群ビジターセンター / 堺市博物館
巨大古墳だけでなく、実際に「登れる」古墳があるなど、より身近に歴史を感じられます。
見所: 墳丘の体積(土の量)では日本一。仁徳天皇陵に次ぐ大きさで、その圧倒的なボリューム感に驚かされます。
津堂城山古墳(つどうしろやまこふん)
見所: 巨大古墳(全長208m)でありながら、墳丘の上に登ることができる貴重な場所です。堀の跡が花壇になっており、季節の花々も楽しめます。
アイセル シュラ ホール
古墳はその形や構造によって、大きく出現期(3世紀後半)、前期、中期、後期、そして終末期(7世紀)の5つの区分に分けられます。
時代が進むにつれて「巨大化」し、その後「小型化・多様化」していくのが大きな特徴です。
ヤマト王権の成立とともに、日本独自の前方後円墳が誕生します。
圧倒的な土木技術により、平地に巨大な古墳が築かれた時期です。
古墳の造り方が大きく変わり、一部の有力者だけでなく、地域の首長層も古墳を持つようになります。
仏教の伝来や大化の改新(薄葬令)により、前方後円墳が姿を消します。
| 区分 | 時代 | 中心となる形 | 埋葬施設の主流 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 前期 | 3C後半〜 | 前方後円墳 | 竪穴式石室 | 司祭者的(鏡など) |
| 中期 | 5C | 巨大前方後円墳 | 竪穴式石室 / 粘土槨 | 軍事的(武器・武具) |
| 後期 | 6C | 前方後円墳 / 円墳 | 横穴式石室 | 家族墓・群集墳の増加 |
| 終末期 | 7C | 八角墳 / 方墳 / 円墳 | 横穴式石室 / 切石積 | 壁画・石槨の発達、前方後円墳の消滅 |
終末期に登場する八角墳は、当時の中国の思想(道教など)の影響を受け、「天下の八方を治める王」を象徴する形として、天皇のみに許された特別な形でした。
| 名称 | 時代(世紀) | 特徴 | 場所(地名) | 予想埋葬者 |
|---|---|---|---|---|
| 箸墓古墳 | 古墳出現期 (3世紀後半) | 最古級の前方後円墳。卑弥呼の墓説がある。 | 奈良県桜井市 | 倭迹迹日百襲姫命 |
| ホケノ山古墳 | 古墳出現期 (3世紀後半) | 箸墓よりわずかに先行する可能性のある前方後円墳。 | 奈良県桜井市 | 不明(三輪君の一族?) |
| メスリ山古墳 | 古墳前期 (4世紀初頭) | 巨大な円筒埴輪や武器・武具が大量に出土。 | 奈良県桜井市 | 初期ヤマト政権の有力者 |
| 佐味田宝塚古墳 | 古墳前期 (4世紀後半) | 三角縁神獣鏡など多くの鏡が出土。 | 奈良県河合町 | 葛城氏の祖先? |
| 大仙陵古墳 (仁徳天皇陵) | 古墳中期 (5世紀前半) | 日本最大の前方後円墳。百舌鳥古墳群。 | 大阪府堺市 | 仁徳天皇(有力説) |
| 誉田御廟山古墳 (応神天皇陵) | 古墳中期 (5世紀前半) | 日本第2位の規模。体積では日本最大。 | 大阪府羽曳野市 | 応神天皇(有力説) |
| 造山古墳 | 古墳中期 (5世紀前半) | 全国4位の規模。天皇陵に指定されていないため立ち入り可能。 | 岡山県岡山市 | 吉備の豪族 |
| 江頭山古墳 | 古墳後期 (6世紀前半) | 九州地方を代表する装飾古墳。 | 福岡県久留米市 | 筑紫君磐井の一族? |
| 今城塚古墳 | 古墳後期 (6世紀前半) | 継体天皇の真の陵墓とされる。大規模な埴輪祭祀場。 | 大阪府高槻市 | 継体天皇 |
| 石舞台古墳 | 古墳終末期 (7世紀初頭) | 巨大な石室が露出。蘇我馬子の墓とされる。 | 奈良県明日香村 | 蘇我馬子 |
| 高松塚古墳 | 古墳終末期 (7世紀末) | 極彩色の壁画で有名。 | 奈良県明日香村 | 文武天皇、石上麻呂など諸説 |
日本の古墳はその形や副葬品によって、大きく3つの時期に分けられます。
* 特徴: 竪穴式石室が主流。副葬品は鏡や玉などの「呪術的」なものが多い。 * 政治: 大和盆地を中心とした連合政権の確立期。
* 特徴: 古墳が巨大化。百舌鳥・古市古墳群に見られるように、海岸近くに巨大な前方後円墳が築かれた。副葬品は鉄製の武器・武具などの「軍事的」なものへ変化。 * 政治: 河内王朝(ワカタケル大王など)の権力増大。
* 特徴: 横穴式石室が普及し、家族などでの追葬が可能になる。古墳は小型化(群集墳)し、やがて八角墳など特定の形に限定されていく。 * 政治: 仏教伝来により、古墳から寺院建立(氏寺)へと権威の象徴が移行。
大和盆地を中心に、呪術的な副葬品(鏡など)を伴う前方後円墳が全国へ広がった時期です。
| 名称 | 時代 | 場所 | 予想埋葬者・特徴 |
|---|---|---|---|
| 箸墓古墳 | 3世紀後半 | 奈良県桜井市 | 卑弥呼、または倭迹迹日百襲姫 |
| ホケノ山古墳 | 3世紀後半 | 奈良県桜井市 | 三輪氏の祖先、初期前方後円墳 |
| 中山大塚古墳 | 3世紀末 | 奈良県天理市 | 大和古墳群、特殊器台の出土 |
| 西殿塚古墳 | 4世紀初頭 | 奈良県天理市 | 手白香皇女(伝承) |
| メスリ山古墳 | 4世紀初頭 | 奈良県桜井市 | 巨大な円筒埴輪、武器類 |
| 行燈山古墳 | 4世紀前半 | 奈良県天理市 | 第10代崇神天皇 |
| 渋谷向山古墳 | 4世紀後半 | 奈良県天理市 | 第12代景行天皇 |
| 桜井茶臼山古墳 | 4世紀前半 | 奈良県桜井市 | 80枚以上の鏡の破片 |
| 石塚山古墳 | 4世紀前半 | 福岡県苅田町 | 九州最古級の前方後円墳 |
| 雪野山古墳 | 4世紀前半 | 滋賀県東近江市 | 未盗掘の竪穴式石室 |
| 摩湯山古墳 | 4世紀前半 | 大阪府岸和田市 | 和泉地方の初期首長墓 |
| 向野地古墳 | 4世紀中頃 | 徳島県阿波市 | 四国最大級の前方後円墳 |
| 佐味田宝塚古墳 | 4世紀後半 | 奈良県河合町 | 家屋文鏡など30面以上の鏡 |
| 新山古墳 | 4世紀後半 | 奈良県広陵町 | 多数の直弧文鏡が出土 |
| 元稲荷古墳 | 4世紀前半 | 京都府向日市 | 山城地域の有力首長墓 |
| 備前車塚古墳 | 4世紀前半 | 岡山県岡山市 | 吉備の初期大型古墳 |
| 快天山古墳 | 4世紀中頃 | 香川県丸亀市 | 四国を代表する前方後円墳 |
| 森将軍塚古墳 | 4世紀後半 | 長野県千曲市 | 信濃の有力首長、山頂の古墳 |
| 会津大塚山古墳 | 4世紀後半 | 福島県会津若松市 | 東北最古級の前方後円墳 |
| 甲斐銚子塚古墳 | 4世紀後半 | 山梨県甲府市 | 東日本最大級の前方後円墳 |
巨大な古墳が築かれ、鉄製武器や馬具など、軍事色の強い副葬品が増える時期です。
| 名称 | 時代 | 場所 | 予想埋葬者・特徴 |
|---|---|---|---|
| 大仙陵古墳 | 5世紀前半 | 大阪府堺市 | 第16代仁徳天皇 |
| 誉田御廟山古墳 | 5世紀前半 | 大阪府羽曳野市 | 第15代応神天皇 |
| 上石津ミサンザイ | 5世紀前半 | 大阪府堺市 | 第17代履中天皇 |
| 土師ニサンザイ | 5世紀中頃 | 大阪府堺市 | 百舌鳥古墳群の大型墳 |
| 市野山古墳 | 5世紀後半 | 大阪府藤井寺市 | 第19代允恭天皇 |
| 仲津山古墳 | 5世紀前半 | 大阪府藤井寺市 | 仲姫命(応神天皇皇后) |
| 墓山古墳 | 5世紀前半 | 大阪府羽曳野市 | 応神天皇陵の陪塚的存在 |
| 造山古墳 | 5世紀前半 | 岡山県岡山市 | 吉備の巨大首長(全国4位) |
| 作山古墳 | 5世紀中頃 | 岡山県総社市 | 吉備の巨大首長(全国9位) |
| 佐紀石塚山古墳 | 5世紀前半 | 奈良県奈良市 | 第13代成務天皇 |
| 佐紀陵山古墳 | 5世紀前半 | 奈良県奈良市 | 日葉酢媛命 |
| 宝来山古墳 | 5世紀前半 | 奈良県奈良市 | 第11代垂仁天皇 |
| 室宮山古墳 | 5世紀前半 | 奈良県御所市 | 葛城氏の首長墓 |
| 巣山古墳 | 5世紀前半 | 奈良県広陵町 | 葛城氏ゆかりの巨大古墳 |
| 淡輪ニサンザイ | 5世紀後半 | 大阪府岬町 | 紀氏の首長墓の可能性 |
| 紀伊大塚山古墳 | 5世紀後半 | 和歌山県和歌山市 | 紀氏の本拠地、大型墳 |
| 西都原古墳群21号 | 5世紀後半 | 宮崎県西都市 | 九州南部、男狭穂塚(国内最大円墳) |
| 西都原古墳群22号 | 5世紀後半 | 宮崎県西都市 | 女狭穂塚(国内最大級前方後円墳) |
| 太田天神山古墳 | 5世紀後半 | 群馬県太田市 | 東日本最大の前方後円墳 |
| 稲荷山古墳 | 5世紀後半 | 埼玉県行田市 | 金錯銘鉄剣(ワカタケル大王の名) |
| 江頭山古墳 | 5世紀後半 | 福岡県久留米市 | 装飾古墳の先駆け |
| 岩戸山古墳 | 6世紀初頭 | 福岡県八女市 | 筑紫君磐井(磐井の乱) |
| 断夫山古墳 | 6世紀初頭 | 愛知県名古屋市 | 尾張氏の巨大首長墓 |
| 今城塚古墳 | 6世紀前半 | 大阪府高槻市 | 第26代継体天皇(真の陵墓) |
| 水島山古墳 | 5世紀後半 | 岡山県倉敷市 | 吉備の海上の豪族 |
| 大極殿古墳 | 5世紀後半 | 栃木県栃木市 | 北関東の有力首長 |
| 長坂山古墳 | 5世紀前半 | 京都府木津川市 | 淀川水系の重要人物 |
| 雲部車塚古墳 | 5世紀後半 | 兵庫県丹波篠山市 | 丹波の有力首長 |
| 五色塚古墳 | 5世紀前半 | 兵庫県神戸市 | 明石海峡を臨む海上首長墓 |
| 野中古墳 | 5世紀中頃 | 大阪府藤井寺市 | 多数の鉄製甲冑・武器が出土 |
| 岡ミサンザイ古墳 | 5世紀末 | 大阪府藤井寺市 | 第14代仲哀天皇(比定) |
| 津堂城山古墳 | 5世紀初頭 | 大阪府藤井寺市 | 古市古墳群の最古級巨大墳 |
| 白鳥陵古墳 | 5世紀後半 | 大阪府羽曳野市 | 日本武尊(伝承) |
| 河内茶臼山古墳 | 5世紀前半 | 大阪府大阪市 | 四天王寺近く、激戦地にもなった |
| 瓢箪山古墳 | 5世紀中頃 | 岡山県岡山市 | 吉備の豪族 |
| 宮山古墳 | 5世紀中頃 | 奈良県御所市 | 葛城氏の勢力を示す |
| 築山古墳 | 5世紀後半 | 奈良県大和高田市 | 磐園陵(武烈天皇陵比定) |
| 蛇塚古墳 | 5世紀末 | 京都府京都市 | 渡来系氏族・秦氏との関連 |
| 大塚歳勝土遺跡 | 5世紀 | 神奈川県横浜市 | 古墳と集落が並存する例 |
| 二子山古墳 | 6世紀初頭 | 埼玉県行田市 | 武蔵国の有力首長墓 |
横穴式石室や装飾古墳、そして仏教の影響による八角墳(天皇陵)が登場する時期です。
| 名称 | 時代 | 場所 | 予想埋葬者・特徴 |
|---|---|---|---|
| 藤ノ木古墳 | 6世紀後半 | 奈良県斑鳩町 | 穴穂部皇子?豪華な馬具 |
| 石舞台古墳 | 7世紀初頭 | 奈良県明日香村 | 蘇我馬子、巨大な石室 |
| 植山古墳 | 7世紀初頭 | 奈良県明日香村 | 推古天皇・竹田皇子の合葬墓? |
| 見瀬丸山古墳 | 6世紀後半 | 奈良県橿原市 | 欽明天皇(真の陵墓説) |
| 野口王墓古墳 | 7世紀後半 | 奈良県明日香村 | 天武天皇・持統天皇(八角墳) |
| 中尾山古墳 | 8世紀初頭 | 奈良県明日香村 | 文武天皇(八角墳) |
| 高松塚古墳 | 7世紀末 | 奈良県明日香村 | 貴族、極彩色壁画 |
| キトラ古墳 | 7世紀末 | 奈良県明日香村 | 四神・天文図・十二支の壁画 |
| 牽牛子塚古墳 | 7世紀後半 | 奈良県明日香村 | 斉明天皇(八角墳) |
| 束明神古墳 | 7世紀後半 | 奈良県高取町 | 草壁皇子(有力説) |
| 段ノ塚古墳 | 7世紀中頃 | 奈良県桜井市 | 舒明天皇(八角墳) |
| 真弓鑵子塚古墳 | 6世紀後半 | 奈良県明日香村 | 渡来系氏族の巨大円墳 |
| 王塚古墳 | 6世紀中頃 | 福岡県桂川町 | 国内最高峰の装飾壁画 |
| チブサン古墳 | 6世紀後半 | 熊本県山鹿市 | 独特の文様の装飾古墳 |
| 弁慶ヶ穴古墳 | 6世紀後半 | 熊本県山鹿市 | 船や動物が描かれた装飾古墳 |
| 釜尾古墳 | 6世紀後半 | 熊本県熊本市 | 幾何学文様の装飾古墳 |
| 弘仁寺古墳 | 6世紀末 | 奈良県奈良市 | 聖徳太子の父・用明天皇? |
| 太子山古墳 | 6世紀末 | 兵庫県太子町 | 聖徳太子の墓(伝承) |
| 綿貫観音山古墳 | 6世紀後半 | 群馬県高崎市 | 未盗掘の横穴式石室、大量の副葬品 |
| 将軍塚古墳 | 6世紀中頃 | 埼玉県行田市 | 埼玉古墳群、大型前方後円墳 |
| 龍角寺岩屋古墳 | 7世紀前半 | 千葉県栄町 | 関東最大の正方形墳(方墳) |
| 小金沢古墳群 | 6世紀 | 神奈川県秦野市 | 地域の小首長たちの群集墳 |
| 芝丸山古墳 | 6世紀初頭 | 東京都港区 | 都内最大級の前方後円墳 |
| 志段味大塚古墳 | 6世紀初頭 | 愛知県名古屋市 | 尾張地方の有力首長 |
| 昼飯大塚古墳 | 4世紀後半 | 岐阜県大垣市 | 東海最大級の前方後円墳 |
| 金鈴塚古墳 | 6世紀末 | 千葉県木更津市 | 純金の鈴が出土 |
| 八幡山古墳 | 7世紀中頃 | 埼玉県行田市 | 関東の石舞台と呼ばれる巨大石室 |
| 水鳥古墳 | 6世紀後半 | 滋賀県高島市 | 継体天皇の出身地ゆかり |
| 甲斐の勝沼氏館古墳 | 6世紀 | 山梨県甲州市 | 甲斐の有力豪族 |
| 銀山塚古墳 | 6世紀後半 | 福島県広野町 | 東北地方の装飾古墳 |
| 大安寺家持古墳 | 7世紀 | 奈良県奈良市 | 大安寺建立に関わる氏族 |
| 上野三碑ゆかりの古墳 | 7世紀 | 群馬県高崎市 | 山ノ上古墳、初期の文字文化 |
| 箸別遺跡古墳 | 4世紀末 | 北海道江別市 | 北海道で唯一確認された古墳状遺構 |
| 小首長墳群(平尾山) | 6-7世紀 | 大阪府柏原市 | 1000基を超える群集墳の一部 |
| 井寺古墳 | 6世紀後半 | 熊本県嘉島町 | 直弧文が描かれた豪華な石室 |
| 鳥居原狐塚古墳 | 6世紀後半 | 山梨県市川三郷町 | 金銅製冠の出土 |
| 江田船山古墳 | 5世紀後半 | 熊本県和水町 | 銀象嵌銘大刀(ワカタケル銘) |
| 双子山古墳 | 6世紀中頃 | 群馬県高崎市 | 豪族・物部氏との関連説 |
| 武蔵府中熊野神社古墳 | 7世紀中頃 | 東京都府中市 | 国内最大級の上円下方墳 |
| 山田寺跡周辺古墳 | 7世紀後半 | 奈良県桜井市 | 蘇我倉山田石川麻呂に関連 |
🙂 さいたまの名前の由来とされています。また... さいたまの名前の由来とされています。また 幸せな魂とかいて「幸魂神社」とも書いたようです。
聖徳太子とその母と妃のお墓とされています。
🙂 昔からタヌキのいる古墳で有名。運が良けれ... 昔からタヌキのいる古墳で有名。運が良ければ見れるかも?
🙂 阿武山の中腹・標高約210mの位置にあり... 阿武山の中腹・標高約210mの位置にあり、昭和9年に地震観測施設を建設するときに偶然発見された。
🙂 飛鳥とありますが、奈良の明日香とはだいぶ... 飛鳥とありますが、奈良の明日香とはだいぶ離れています。大阪(難波宮)からみて近いこちらは「近つ飛鳥」、遠い奈良の飛鳥は「遠つ飛鳥」とされ古事記などにもでてくるようです。
🙂 卑弥呼のお墓の可能性がある古墳 卑弥呼のお墓の可能性がある古墳
🙂 自転車で飛鳥めぐりして、暑くてバテバテだ... 自転車で飛鳥めぐりして、暑くてバテバテだったけど、飛鳥歴史公園館で涼しむことができました。
🙂 石舞台の名前の由来は、狐が踊っていた舞台... 石舞台の名前の由来は、狐が踊っていた舞台と言う伝承から。
🙂 吉備津彦命の姉であるヤマトトトヒモモソヒ... 吉備津彦命の姉であるヤマトトトヒモモソヒメは箸墓古墳(奈良)で眠っていると考えられており、ヤマトトトヒモモソヒメは卑弥呼であるという説もあり、つまり 卑弥呼と桃太郎は姉弟ということになる。