伊能忠敬(いのう ただたか)は、江戸時代に日本史上初めて実測による日本地図(大日本沿海輿地全図)を完成させた人物です。
彼の人生の最大の特徴は、「50歳を過ぎてから夢を追いかけ、歴史に名を残した」という、究極のセカンドキャリアの体現者である点にあります。
忠敬の驚くべき点は、測量を始めた年齢です。
最初から「日本地図を作ろう」と野望を持っていたわけではありません。 忠敬と師の至時は、「地球の緯度1度の長さはどれくらいか?」という学問的な疑問を抱いていました。
それを測るためには、江戸から蝦夷地(北海道)までの距離を正確に測る必要がありました。しかし、当時は移動の許可を得るのが難しかったため、「幕府の役に立つ地図を作ります」という名目で許可を取り、自費を投じて測量を開始したのです。これが、17年に及ぶ大プロジェクトの始まりでした。
1800年から計10回にわたり、日本全国を歩き続けました。
地図が完成する直前、忠敬は73歳でこの世を去ります。
| 年齢 | 出来事 |
|---|---|
| 17歳 | 伊能家の養子となり、家業(酒造・運送など)に従事 |
| 50歳 | 隠居して江戸へ。高橋至時に弟子入り |
| 55歳 | 第1回測量(蝦夷地)に出発 |
| 71歳 | 全10回の全国測量を完了 |
| 73歳 | 死去(地図の完成を見届けることはできなかった) |
| 76歳 | 弟子たちの手により「大日本沿海輿地全図」完成 |
豆知識:師匠の隣で眠る 忠敬は遺言で、「尊敬する師匠・高橋至時の隣に葬ってほしい」と願いました。現在、東京・上野の源空寺には、二人の墓が並んで建てられています。
長年過ごした家
伊能忠敬が眠る