坂上田村麻呂(さかのうえ の たむらまろ)は、平安時代初期に活躍した武将であり、第2代征夷大将軍として知られています。 「幕府の長」としての将軍とは異なり、当時の征夷大将軍は、東北地方(陸奥国)の蝦夷(えみし)を平定するために派遣される軍の総司令官という役職でした。
家光が国内の統治機構を固めたのに対し、田村麻呂は朝廷の支配領域を東北へと広げる軍事的な役割を担いました。
田村麻呂は単に武力に優れただけでなく、誠実で寛大な人物であったと伝えられています。
京都の観光名所として名高い清水寺は、坂上田村麻呂が建立に関わったと伝えられています。 修行中の僧・延鎮(えんちん)と出会い、観音菩薩を祀る仏殿を寄進したのが始まりとされており、武人でありながら深い信仰心を持っていた一面がうかがえます。
死後、嵯峨天皇の命により「平安京を守護するように」と、甲冑を身につけ、武器を携えたまま立った姿で葬られたという伝説があります。このことから、彼は「軍神」として後世の武士たちから崇拝される存在となりました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 758年 | 誕生(坂上刈田麻呂の子として) |
| 797年 | 征夷大将軍に任命される |
| 802年 | 胆沢城を築城。アテルイが降伏 |
| 811年 | 54歳で死去 |
🙂 征夷大将軍の坂上田村麻呂がかつて戦いで亡... 征夷大将軍の坂上田村麻呂がかつて戦いで亡くなった敵味方の霊を慰めるため806年に創建。
🙂 境内は、仁王門・三重塔→有料エリア→清水... 境内は、仁王門・三重塔→有料エリア→清水の舞台→地主神社(縁結び)→音羽の滝(学業、恋愛、長寿) という順路でだいたい進みます。清水の舞台を抜けてから舞台を横から見るのが絶景ポイントです。