東郷平八郎(とうごう へいはちろう)は、明治時代の日本海軍の指揮官であり、日露戦争の「日本海海戦」で当時世界最強と言われたロシアのバルチック艦隊を撃破した「世界の英雄」です。
欧米諸国からは「東洋のネルソン」と称えられ、近代海戦史上、類を見ない完璧な勝利を収めた軍人として知られています。
1. 最大の功績:日本海海戦(1905年)
日露戦争の勝敗を決める大一番で、連合艦隊司令長官として指揮を執りました。
- 「丁字戦法(トーゴー・ターン)」:
敵艦隊の進路を遮るように自軍の艦隊を旋回させる、極めてリスクの高い大胆な戦法を採用。敵の火力を正面に浴びる危険を冒しながら、一斉射撃でバルチック艦隊を壊滅させました。
- 「三笠」に掲げたZ旗:
開戦に際し、「皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」という意味を込めたZ旗を掲げ、全軍の士気を鼓舞しました。
- 世界を驚かせた完勝:
ロシア艦隊のほとんどを撃沈・捕獲し、自軍の被害はわずか水雷艇3隻という圧倒的な勝利でした。これにより、日本は日露戦争の勝利を決定づけました。
2. 「寡黙な勝負師」その人柄
東郷は非常に口数が少なく、感情をあまり表に出さない人物でした。
- 冷静沈着:
海戦中、敵の砲弾が旗艦「三笠」の近くで爆発しても、一歩も動かず指揮を執り続けたと言われています。
- 誠実な対応:
降伏したロシアの司令官ロジェストヴェンスキーを見舞った際、敵を侮辱することなく「軍人として全力を尽くした」と敬意を持って接しました。この態度は、ロシア側からも非常に高く評価されました。
- 薩摩武士の魂:
幕末の薩摩藩出身で、若い頃は薩英戦争や戊辰戦争にも参戦しました。イギリスへの留学経験(7年間)もあり、国際感覚と日本の武士道精神を併せ持っていました。
3. 世界への影響
東郷の勝利は、当時白人国家の植民地支配に苦しんでいたアジアやアフリカの人々に「アジアの国でも大国に勝てる」という希望を与えました。
- フィンランドやトルコ:
ロシアの圧力を受けていたこれらの国では、東郷は国民的英雄となり、子供に「トーゴー」という名前をつけたり、東郷の絵が描かれたビールが売られたりもしました。
- アメリカのニミッツ提督:
後に第二次世界大戦でアメリカ海軍を率いたニミッツは、若い頃に東郷と面会したことがあり、彼を生涯尊敬していました。横須賀にある戦艦「三笠」の保存にも尽力しています。
4. 略年表
| 年 |
出来事 |
| 1848年 |
薩摩(鹿児島)に生まれる |
| 1871年 |
イギリスへ官費留学(〜1878年) |
| 1894年 |
日清戦争にて「浪速」艦長として活躍 |
| 1903年 |
連合艦隊司令長官に就任 |
| 1905年 |
日本海海戦でバルチック艦隊を撃破 |
| 1934年 |
86歳で死去。国葬が執り行われる |
東郷平八郎と「神格化」
没後、彼は東京の原宿にある東郷神社に「勝利の神様」として祀られました。現在でも受験生や勝負事の前に参拝する人が絶えません。