高橋是清(たかはし これきよ)は、明治から昭和にかけて活躍した政治家・財政家です。 「ダルマさん」の愛称で親しまれ、その波乱万丈な人生から「日本のケインズ」とも称されます。
2.26事件で命を落とした悲劇の宰相ですが、彼が日本経済に残した足跡は極めて巨大です。
彼の人生は、まるで映画のような逆転劇の連続でした。
その後、日本銀行総裁や大蔵大臣(通算7回)、首相を歴任。特に有名なのが、世界恐慌から日本を救った経済政策です。
是清は経済を立て直しましたが、それが皮肉にも軍部の暴走を招く一因となりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生没年 | 1854年 - 1936年 |
| 主な役職 | 第20代内閣総理大臣、日本銀行総裁、大蔵大臣(7回) |
| 功績 | 日露戦争の戦費調達、世界恐慌からの早期回復 |
| 信念 | 健全な財政と節度ある平和主義 |
高橋是清のすごさは、奴隷にまで身を落としながらも決して腐らず、語学力と胆力で日本の国家危機を何度も救ったところにあります。彼がもし2.26事件を生き延びていたら、その後の日本の無謀な開戦は避けられていたかもしれない――今でもそう語り継がれるほどの傑物でした。
226事件(ににろくじけん)とは、1936年(昭和11年)2月26日から29日にかけて、日本軍の青年将校たちが起こした日本近代史上最大のクーデター未遂事件です。
陸軍の「皇道派(こうどうは)」と呼ばれるグループの影響を受けた青年将校たちが、約1,500名の兵を率いて決起しました。
背景には、当時の社会に対する強い不満と、陸軍内の派閥争いがありました。
当初、陸軍首脳部は処置に迷いましたが、昭和天皇が激怒したことで事態が急転します。
この事件を境に、日本の進路は大きく変わりました。
高橋是清の邸宅跡・226事件の現場