太田道灌(おおた どうかん、1432年–1486年)は、室町時代後期の武将であり、現在の東京都の礎を築いた「江戸城の築城者」として最も有名です。
彼は武術だけでなく、和歌や学問にも通じた「文武両道」の天才でしたが、その有能さゆえに非業の最期を遂げた悲劇の英雄でもあります。
道灌の最大の功績は、1457年に江戸城を築いたことです。当時の江戸はまだ湿地帯の広がる辺境でしたが、彼はここが交通と防衛の要所であることを見抜きました。
道灌には、彼の人生を大きく変えた有名なエピソードがあります。
ある日、鷹狩りの途中で雨に降られた道灌が、貧しい民家で蓑(みの)を借りようとしました。すると、中から出てきた少女は、一輪の山吹の花を差し出すだけで、蓑は貸してくれませんでした。 道灌は「花などいらぬ!」と怒りましたが、後に家臣から、それが古い歌の「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の(蓑)ひとつだに なきぞ悲しき」という掛詞(なぞなぞ)であったことを教えられます。
自分の教養のなさを恥じた道灌は、それ以降猛勉強し、一流の歌人・文化人としても知られるようになりました。
道灌があまりに有能で人望も厚かったため、主君である上杉定正は「道灌がいつか自分を乗っ取るのではないか」と疑心暗鬼に陥りました。
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 1432年 | 相模国(神奈川県)で生まれる。幼名は鶴千代。 |
| 1457年 | 江戸城、川越城、岩槻城を築城。 |
| 1476年 | 長尾景春の乱が発生。道灌が圧倒的な軍才で各地を鎮圧する。 |
| 1486年 | 相模の粕屋館(神奈川県伊勢原市)にて、主君・上杉定正により暗殺。享年55。 |
🙂 奥に階段がありますが、登りきると見晴らし... 奥に階段がありますが、登りきると見晴らしのいい広場につきます。ただ急なところもあるので足元注意