中村不折(なかむら ふせつ、1866年–1943年)は、明治から昭和初期にかけて活躍した洋画家・書家です。
彼は西洋美術の技法を極める一方で、東洋の書道に対しても深い造詣を持ち、その両分野で大きな足跡を残しました。また、夏目漱石などの文豪との交流や、膨大な書道コレクションの収集でも知られています。
中村不折の生涯は、常に新しい表現の探求に満ちていました。
洋画、挿絵、書道の各分野で多彩な才能を発揮しました。
| 分野 | 主な作品・活動 |
|---|---|
| 洋画(歴史画など) | 『賺蘭亭図(らんていをあざむくのず)』、『盧生(ろせい)の夢』、『建国創業』など。 |
| 文学の挿絵・装丁 | 夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』の挿絵(上巻)を担当。漱石の文章に合わせた軽妙な画風で高く評価されました。 |
| 書道・著書 | 独自の「不折流」と呼ばれる力強い書体。著書に『六朝の書法』『学書三訣』など。 |
| 商業デザイン | 日本酒「真澄」や「新宿中村屋」のロゴなど、現代でも残る看板やロゴの揮毫(きごう)。 |
不折は熱心な書道資料のコレクターでもありました。
中国や日本の貴重な石碑の拓本、経巻、古美術品を長年にわたって収集しました。これらの散逸を防ぎ、広く公開するために、1936年に東京都台東区根岸の自邸に書道博物館を開設しました。現在は「台東区立書道博物館」として、重要文化財を含む膨大なコレクションが受け継がれています。
不折は、その確かな描写力と独特のユーモアから、当時の文壇・画壇で非常に愛されました。夏目漱石だけでなく、森鴎外や島崎藤村とも交流があり、彼らの著作のブックデザイン(装丁)を数多く手がけ、明治・大正期の出版文化を彩りました。
豆知識: 不折はフランス留学中、非常に熱心にデッサンを学びましたが、その一方で漢字(書道)の美しさを再認識し、帰国後は洋画のなかに東洋的な文字や精神を融合させる独自のスタイルを築きました。
墓所
「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」