忍城の戦い(おしじょうのたたかい)は、1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の際、現在の埼玉県行田市にあった北条氏の支城「忍城」を舞台に繰り広げられた攻城戦です。豊臣方の総大将・石田三成による大規模な「水攻め」を耐え抜き、本城の小田原城が降伏するまで持ちこたえた。
忍城はもともと周囲を広大な湿地や沼に囲まれた、攻めにくく守りやすい地形でした。豊臣軍が力攻めをしようとしても、城に近づくには田んぼの中の狭い一本道を通るしかなく、数で勝る軍勢の強みを活かせませんでした。
石田三成は周囲に総延長約28キロメートルにおよぶ大規模な堤防([石田堤])を築き、川の水を流し込む水攻めを行いました。しかし、忍城周辺の敷地の方が堤よりもわずかに標高が高かったため、城が完全に水没することはありませんでした。むしろ水に浮かんでいるように見えたことから「浮き城」と称された。
わずか300人ほどだった成田氏の正規兵に対し、周囲の農民や町人、浪人ら約2,700人が自主的に城に立てこもり、一丸となって戦いました。
この戦いは、和田竜のベストセラー小説およびそれを原作とした映画『のぼうの城』のモデルになりました。領民から「のぼう様(でくの坊)」と親しまれた総大将・成田長親が、類い稀な人望で大軍に立ち向かう姿が実話をベースに描かれています。
🙂 1590年、豊臣秀吉による小田原征伐の折... 1590年、豊臣秀吉による小田原征伐の折、秀吉方の石田三成が忍城を攻めることになったが、城攻めは進まず水攻めの策に切ってでた。約1週間で延長28kmにおよぶ堤を築き、利根川と荒川の水を引き入れたが。城...