馬込文士村(まごめぶんしむら)とは、
大正時代から昭和初期にかけて、東京・大田区山王〜南馬込一帯に多くの文学者・芸術家が集まり、暮らした地域の呼び名です。日本近代文学史において重要な文化圏のひとつとされています。
概要
- 形成期:大正末期〜昭和初期(1920年代〜30年代)
- 場所:現在の東京都大田区南馬込・山王周辺
- 特徴:静かな丘陵地で空気が良く、当時は地価も比較的安かったため、創作に専念できる環境として文士たちに選ばれました。
主な居住・活動した文士
馬込文士村には、以下のような著名な作家が暮らしていました。
- 川端康成(『伊豆の踊子』『雪国』)
- 萩原朔太郎(詩人)
- 室生犀星
- 尾崎士郎
- 堀辰雄
- 坂口安吾
- 宇野千代
彼らは近隣に住み、互いに交流しながら作品を生み出しました。
- 武者小路実篤らの「白樺派」の流れをくむ作家が多く居住
- 個人主義・人間性を重んじる文学が育まれた
- 同時期の本郷・神楽坂の文士圈とは異なり、より生活と密着した創作空間だった点が特徴
1. 文士村の中心人物(火付け役)
馬込文士村の活気を作り出したのは、1923年(大正12年)に移り住んできたこの二人だと言われています。
- 尾﨑士郎(おざき しろう)
代表作:『人生劇場』。文士村のリーダー的存在で、彼の周囲に多くの文士が集まりました。
- 宇野千代(うの ちよ)
代表作:『おはん』。当時は尾﨑士郎の妻。奔放でモダンな彼女の存在が、文士たちの交流を華やかにしました。
2. 四大詩人
馬込は詩人が多く住んだことでも有名で、以下の4人は特に「馬込の四大詩人」と呼ばれます。
- 北原白秋(きたはら はくしゅう):赤い屋根の「紫輝丸(しきまる)山荘」に住み、多くの童謡を執筆。
- 萩原朔太郎(はぎわら さくたろう):尾﨑・宇野夫妻を頼って転入。マンドリンやダンスを好んだ。
- 室生犀星(むろう さいせい):親友の萩原朔太郎に誘われ移住。庭造りに熱中した。
- 三好達治(みよし たつじ):萩原朔太郎に師事し、馬込で抒情詩人として成長。
3. 代表的な小説家・評論家
- 川端康成(かわばた やすなり):ノーベル賞作家。尾﨑士郎に誘われ移住。馬込の賑やかさを「熱病に浮かされたよう」と表現。
- 村岡花子(むらおか はなこ):『赤毛のアン』の翻訳家。生涯の多くをこの地(山王)で過ごしました。
- 山本周五郎(やまもと しゅうごろう):若き日に馬込で苦労し、文士たちの相撲大会などにも参加。
- 坂口安吾(さかぐち あんご):一時期住み、独特のデカダンスな雰囲気で交流。
- 広津和郎(ひろつ かずお):麻雀グループの中心メンバー。
4. 芸術家(画家・彫刻家)
- 川端龍子(かわばた りゅうし):日本画家。私邸とアトリエを構え、現在は「龍子記念館」となっています。
- 小林古径(こばやし こけい):日本画の大家。室生犀星とも親交が深かった。
- 川瀬巴水(かわせ はすい):新版画の巨匠。馬込の風景を版画に残しています。
当時のユニークなグループ分け
当時の文士たちは、遊び方によってグループ分けされていました。
| グループ名 |
メンバー |
| 酒飲まぬ「麻雀・花引き」組 |
広津和郎、宇野千代、間宮茂輔など |
| 酒飲み「駄弁(おしゃべり)」組 |
尾﨑士郎、榊山潤、吉田甲子太郎など |
| 酒飲み「ダンス」組 |
萩原朔太郎、衣巻省三など |
| 酒もギャンブルもやらぬ「超然組」 |
川端康成 |
豆知識:
馬込文士村の歴史や文士たちの素顔を知るには、大田区の「尾﨑士郎記念館」や「山王草堂記念館(徳富蘇峰旧居)」、「大田区立郷土博物館」を巡るのがおすすめです。