陸奥宗光(むつ むねみつ)は、明治時代の日本において「カミソリ大臣」の異名をとった希代の外交官・政治家です。
江戸幕府が結んだ不平等条約の改正に初めて成功し、日本の国際的地位を劇的に向上させた「近代日本外交の父」とも呼べる人物です。
彼の頭の回転が非常に速く、切れ味の鋭い論理で相手を圧倒したことからこう呼ばれました。妥協を許さない冷徹なまでの政治手腕と、緻密な外交戦略が彼の持ち味でした。
幕末以来、日本にとって最大の悲願であった「不平等条約の改正」を成し遂げました。
1894年に始まった日清戦争では、外務大臣として巧みな外交を展開しました。
彼の人生は決してエリート街道だけではありませんでした。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1844年 | 紀州(和歌山)に生まれる |
| 1867年 | 坂本龍馬の海援隊に参加 |
| 1878年 | 政府転覆を企てた疑いで投獄される(5年間) |
| 1888年 | 駐米公使としてメキシコとの平等条約締結に成功 |
| 1892年 | 第2次伊藤内閣の外務大臣に就任 |
| 1894年 | 日英通商航海条約に調印(領事裁判権の撤廃) |
| 1895年 | 日清戦争の講和条約(下関条約)に調印 |
| 1897年 | 53歳で死去 |
陸奥宗光がいなければ、日本が列強の植民地にならずに近代化を成し遂げるのはもっと難しかったかもしれません。
🙂 陸奥宗光の邸宅であったが、次男・潤吉が古... 陸奥宗光の邸宅であったが、次男・潤吉が古河財閥創業者・古河市兵衛の養子となり古河家に所有が移った。