福井城址 ☺お堀のなかは県庁などの建物がたってますが、北西あたりに天守台などがのこされています。
柴田神社(北庄城址) ☺ルイス・フロイスは柴田勝家のことを「信長の重立ちたる将軍二人中の一人」「信長の時代の日本でもっとも勇猛な武将」と評した。
柴田神社(北庄城址) ☺柴田勝家とともに織田信長の妹・お市も暮らしていたが、清洲会議(1582年)後に豊臣秀吉と対峙し、最後は城に火を放ち、城自体も8年で消失した。
一乗谷朝倉氏遺跡 ☺朝倉館跡庭園、湯殿跡庭園、諏訪館跡庭園、南陽寺跡庭園の4つの庭園(特別名勝)があります。
柴田神社(北庄城址) ☺柴田勝家が数年の歳月をかけた築いた北庄城の跡地。かつては九重の天守があり、宣教師のルイス・フロイスも感嘆したという。
一乗谷朝倉氏遺跡 ☺応仁の乱(1467年~1477年)の最中の1471年に朝倉敏景がここに本拠を移したと言われる。荒廃した京から公家・高僧などがここに避難してきた。最盛期には人口1万人を超え「北の京」と呼ばれるほどとなった。しかし1573年に織田信長と朝倉義景との合戦(一乗谷城の戦い)で大敗し一帯は灰燼に帰した。