| アクセス | 東京メトロ・都営地下鉄・大手町駅 C5出入口→徒歩1分 |
|---|---|
| 住所 | 東京都千代田区大手町一丁目2番1号 |
平将門(たいらの まさかど、生年不詳–940年)は、平安時代中期に東国(現在の関東地方)で大規模な反乱を起こし、自らを「新皇(しんのう)」と称した武将です。
将門の生涯は、一族間の領地争いから始まり、やがて国家に対する巨大な反乱へと発展しました。
将門の天下は長くは続きませんでした。朝廷は即座に討伐軍を派遣します。
将門の死後、その首は京都で晒されましたが、そこから数々の恐ろしい伝説が生まれました。
実は、有名な成田山新勝寺(千葉県)は、将門の乱を鎮めるために建立された寺院です。 朝廷が「将門を呪い鎮めるため」に不動明王を奉じたのが始まりであるため、今でも将門を信奉する人々(主に神田明神の氏子など)は、成田山へは参拝しないという風習が一部に残っています。
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 生年不明 | 下総国(現在の茨城県・千葉県)付近で生まれる。 |
| 935年 | 一族の平国香らと合戦。一族抗争が本格化。 |
| 939年 | 常陸、下野、上野の国府を襲撃。「新皇」を自称する。 |
| 940年 | 北山の合戦にて戦死。京都で梟首(きょうしゅ)される。 |
| 1309年 | 疫病の流行を鎮めるため、神田明神に合祀される。 |
怨霊として恐れられた将門ですが、徳川家康が江戸幕府を開く際、江戸の北東(鬼門)を守る守護神として神田明神に手厚く祀り直しました。以来、将門は「江戸の総鎮守」として、今も東京の人々に深く愛されています。