天台寺門宗の総本山。浮世絵師・歌川広重によって描かれた「近江八景」の1つ「三井の晩鐘」でも知られる。創建は7世紀に大友氏の氏寺として創建され、平安時代以降は皇室、貴族などから信仰を集めた。10世紀頃から
比叡山延暦寺との対立が激化し焼き討ちされたり、豊臣秀吉によって寺領を没収されて廃寺同然となった。しかしその都度再興し「不死鳥の寺」ともいわれる。
天台寺門宗
天台宗の第5代天台座主・円珍の没後、第3代天台座主・円仁と、第5代天台座主・円珍の門流2派に分かれ対立するようになった。比叡山には円仁派が、三井寺へは円珍派が入りこの円珍派を寺門派と呼ぶ。
山門寺門の抗争
比叡山の宗徒による三井寺の焼き討ちは1081年を始め、大規模なもので10回、小規模なものも含めると50回になるといわれる。