住所 |
京都市中京区木屋町三条下ル石屋町114
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料金 | 境内自由 |
1611年に角倉了以が、豊臣秀次とその一族の菩提を弔うため建立した寺院。豊臣秀次は謀反の疑いをかけられ1595年に高野山で自刃させられ、その一族である子供5名・妻妾34名の計39名は三条河原で処刑された。その16年後に荒廃した塚と石塔を発見した角倉了以は心を痛め、墓域を整備して建立した。
- 角倉了以は工事中に偶然に秀次の首が入れられていた石櫃を発見し、石櫃の「秀次悪逆」の4文字を削り、その上に無縁塔を建てた。境内にはその石櫃がある。
・山形の駒姫を偲んで訪れる方もいらっしゃいます。駒姫は秀次に会った事もなく無慈悲にも処刑されてしまいました。